詩の定期便 26
忘れられた人は
缶詰を開ける音に反応して
こっそり
出てくる
あなたが
缶詰を開けたとき
忘れられた人は
あの人の前に立ち
手招きをする
もちろん
誰かが缶詰を開けるたび
別の誰かの前に
忘れられた人はこっそり
立っている
そんなことが
よくあるのだが
気がつく人は少ない
忘れられた人は
苦難をものともせず
隙をうかがっている
何かの拍子で思い出されたとき
忘れられた人は姿を消す
この
忘れられた人の寿命や
生活は様々だが
まだあまり研究されたことがない
私が去年から研究を始めたが
ほかにしている人を知らない
私は
いま忘れられた人のそばにいる
なになに を しているあいだに
なになに を しているあいだに
なになに を しおえてしまった
先生が
構文の説明を始めた
かのじょが なになにをしているあいだに
かれは なになにをしおえてしまった
私は
胸騒ぎが抑えられない
彼は
大丈夫なのだろうか
彼女は
このことを知っているのだろうか
かれが なになにをしおえたとき
かのじょはまだ なになにをしていた
先生は
別の言い方で繰り返す
なになに に
言葉を挿入するのだという
私は 言葉がうまく挿入できない
先生はかまわず
どんどん先へと進んでいく
じんせいは ひまつぶしのようなものだ と
かのじょはしんじていた
先生は次の構文の説明に入る
私はまだ前の構文に縛られている
それに
私はそう思いたくなくて
世界中に飛んでいったのだ
そこには確かな目的が有るはずだと
用事を拵えては出かけていったのだ
じんせいは はひまつぶしのようなものだ と
かのじょはしんじていた
先生は繰り返すが
信じることは暇つぶしの条件なのか
そこに何が有るというのだろう
廊下で鐘が鳴った
そして
教室から私たちは出て行った
そこに何が有るというのだろう
そこに何が無かったというのだろう
飛んできたボール
飛んできたボール
捕ろうとしたけれど
捕りそこなって
顔面に当たった
鈍い音がして
頭の中が釣り鐘のように響いて
重たい痛みが沸きあがってくるのを
おさえられないことは知っている
心臓の鼓動に合わせて
痛みが波打ち
地面に倒れて
もだえているところだ
駆け寄ってくるのは「仲間」と
近くにいた人だ
間近まで来て様子をのぞき込んで
対処方法を考える
ゲームは暗黙のうちに
緊急停止している
銀杏の木のところで
いきなり鋭い木漏れ日に当てられた私は
その日のことを思い出した
あれからどうしたのだろう
冬の日の公園を歩きながら
私にはつながりが分からなかった
ただ
あれは今も私にぶつかってくるあれは
ボールではなく
詩ではないのか
それは
確からしいことだった