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By 笠原名々子・nanako / 2021.10.25

 

 

 

2018年に発覚し、世間を騒がせたスルガ銀行によるシェハウス投資をめぐる不正融資「かぼちゃの馬車事件」。

被害者は700人以上、被害総額は1000億円以上にのぼりました。

 

ごく普通のサラリーマンが、借金2億円という巨額の借金を負うことに。食事は喉を通らず、眠ることもできず…。

そんなニュースでは語られないひとりの人間としての被害者の心情を、発売後すぐに重版になった話題の書籍『かぼちゃの馬車事件 スルガ銀行シェアハウス詐欺の舞台裏』(冨谷皐介著)より紹介します。

 

 

 

 

死の影

 

 

12月31日、例年であれば家族と共に妻の実家がある新潟に帰省しているはずであるが、私は一人さびしく東京の自宅にいた。

食卓には妻お手製の料理が並び、テレビからは賑やかなタレント達のはしゃぎ声が聞こえてくる。だが、その音は、耳にまともに入ってこなかった。

 

スルガ銀行への訪問から何一つ進展がなかった。

物件の売却先は見つからず、金利交渉に至っては始まってもいない。

私は身も心も消耗し切っていた。平山と面談してからの帰り道で燃やした闘志は、どこかへいってしまったようだった。

 

ふと、冷蔵庫からビールを出して飲んでみたが、一口目で吐き出してしまった。

アルコールはおろか、最近は何も喉を通らない。

前ならば、ダイエットで1キロ減らすにも随分と苦労していたのに、体重は僅か2カ月程で5キロ近く減少していた。

 

「投資失敗ダイエットか……」

自嘲気味に呟いて、ビールをシンクに流した。

「どうしてこんなことに……」

何度目かわからない後悔の言葉が口をついた。ほんの少し、家計を楽にしようとしただけなのに。

 

もしこのまま多額のローンだけが残ったらどうなるだろう? 

これまで通りの生活は送れない。この家も手放すことになるかもしれないし、子ども達は進学をあきらめるどころか、学校を辞める羽目に追いやられてしまうだろう。

耐えられるだろうか? 到底無理だ。

 

「そうだ……団信があった」そう呟いて、私はふらふらと寝室に向かい融資資料を探し始めた。

 

団信とは、団体信用生命保険の略称。返済が長期にわたる住宅ローンなどでは必ず入るようになっている。

返済中に借主が死亡したりした場合、保険金により残りのローンが弁済される保障制度だ。

「ちょうど1年が経っている。今なら、自殺でも大丈夫だな……」

 

頭の中では、死して詫びるという一文が浮かんでは消えていた。

SDやスルガ銀行との闘いに闘志を湧かせていたものの、SNSなどで調べを進めていくにつれてそれが絶望的なものに感じつつあった。

同様の被害にあった人の多くは泣き寝入りをするか、闘っても相手の資金力や長期の裁判の前に疲弊して敗れ去ってしまっていたからだ。

 

同時に、投資に失敗したことによる「自己責任」との意見も多く目についた。

私は、今回の一件を投資ではなく、スルガ銀行とSDが共謀した詐欺だとの思いがあったが、何度も目にしたその「自己責任」という言葉に自信を失いかけていた。

 

「飛び降り……いや、それだとマンションの住人に迷惑が……山奥……海とか……」

すでに自殺をする場所すら考え始めた時に、電話の鳴る音が聞こえてきた。

 

「もしもし? あんたが家に一人でいるって聞いて電話したんだよ」

「母さん……」

受話器の向こうから届く母の心配そうな声が、私に冷静さを取り戻させた。

 

「ちゃんと食べてるかい。あんたは昔っから一人でいると何も食べないんだから」

「ハハ、それは昔の話だろ。今は大丈夫。そんなことはないよ」

「それで、なんでみんなと一緒に行かなかったの?」

「仕事が立て込んじゃって、今日もまだやってるんだ」

母も含めて心配をかけまいと、妻以外の身内には誰一人として自身の現状を明かしていなかった。

「そう……正月まで仕事だなんて大変だね」

「大したことないよ……」

「無理するんじゃないよ? 身体壊したら元も子もないからね」

「ああ」

「それと、拓人のお墓参りも落ち着いたらしてあげてね」

 

母の言う拓人とは、8歳違いの従兄弟である。

バスの整備士だった彼は2週間前、バスを整備している際に運転手が誤ってエンジンをかけてしまい、バスの駆動部に巻き込まれて死亡していた。

あまりにも突然だった彼の死は、私にも大きな衝撃を与えていた。

仕事と今回の事態で、帰省して葬儀に出席することができなかったが、とても心が重くなる出来事だった。

 

「ああ、もちろん行くよ」

「もう、おばさんは泣いて泣いて可哀そうだよ。拓人ももちろん可哀そうだけど、残された家族も本当に気の毒だよ」

 

雷に打たれたような気分だった。

確かに自分が自殺すれば、経済的な問題は解決するかもしれない。

しかし、心はどうだろう。妻や子ども達は悲しむだろうなぁ程度にしか考えが及んでいなかった。

従兄弟の家族の状況を聞いた今、それで片づけられるだろうか。

何より母はどうなるだろう。息子が死に、後になって投資問題で悩んだ末のことだと知ったら?

 

「……死ぬ気になったら、人間なんだってできる」

「え? なに?」

「いや、なんでもないよ。ありがとう、来年はきっと行くから」

「……わかったよ。ご飯はちゃんと食べてね」

 

電話を切ると、猛然と妻の手料理を食べ始めた。

何度も吐きそうになりながら、必死に胃袋へ詰め込んだ。

それは生きるための決意であり、新たなる闘いへ向けた備えでもあった。

 

「死ぬ気になったら、人間なんだってできるのにねぇ」

 

今は亡き祖母の言葉だった。

私が中学生くらいの時に一緒に、無理心中か何かのニュースを見ていた時に発せられたものであると記憶している。

その時、私は「死ぬなんてもったいない。俺は何があっても絶対に自殺なんかしない」と豪語した。

 

「そうだよ。こうすけ」

忘れかけていた大好きな祖母との記憶が、鮮明に蘇っていた。

 

「ばあちゃん、俺に力を貸してくれ!! 俺は死ぬ気でやるぞ!!」

寝室にある祖母の遺影へ私は強く誓いを立てた。

 

為せば成る為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり

私の座右の銘の一つを改めて思い出していた。

これは江戸時代、財政崩壊の危機にあった米沢藩を立て直すために尽力した、藩主上杉鷹山が残したもので『やればできる、今できていないのはあなたの努力が足りていないだけだ』という意味の教訓だった。

 

「やってやる!! 俺はやらないことを後悔したくない!!」

少し前までの弱い気持ちは、完全にかき消えていた。

 

 

(本文より抜粋 ここまで)

 

 

 

著者の富谷さんは、ここから被害者同盟「SS被害者同盟」を設立し、同盟のメンバーとともに消費者問題事件としては前例のない累積1570億円の債権放棄を勝ちとることになります。

誰の身にも迫りうる詐欺被害。自分だったら…と想像を巡らせておくことは、決して無駄なことではないと思います。

 

 

 

冨谷皐介

SS被害者同盟(スルガ銀行・スマートデイズ被害者同盟)代表。
日本の家電メーカーで中間管理職として勤務していた、50代の元サラリーマン。25年以上にわたり家電業界に従事。社内では数多くのプロジェクトに携わり、成功に導く経験を持つ。
約2億円の融資を受けて購入したシェアハウスの評価額が、物件受け渡し直後で約1億円しかないことを知り、取り返しのつかない失敗をしたことに気づく。深く悩んだ末に、愛する家族のために保険金(団信)目当ての自殺を考えるようになるが、時を同じくして労災による従兄弟の事故死が発生。自分の家族を同じように悲しませてはいけないと自殺を思いとどまると、自分をだました者たちに対しとてつもない怒りが湧き、死んだ気になってスルガ銀行と闘うことを決意する。
誰もが無駄だと言ったスルガ銀行との闘い。最初はたった1人での闘いだったが、勝利を諦めずに行動した結果、次第に人が集まり、スルガ銀行・スマートデイズ被害者同盟(SS被害者同盟)を設立し、代表となる。河合弘之弁護士との運命的な出会いがあり、結果的に消費者問題事件としては前例のない代物弁済的スキームで債権放棄を勝ち取る。(第3次調停までの不債総額は1570億円)。
今は、サラリーマン人生に別れを告げ、一般社団法人ReBORNsを設立し共同代表理事に。元被害者の仲間とともに詐欺事件に巻き込まれている方たちの救済支援に当たっている。特に、スルガ銀行によるアパート・マンションの不正融資で過去の自分と同じように苦しんでいる被害者救済のために、2021年5月25日、スルガ銀行不正融資被害者同盟(SI被害者同盟)を設立。その弁護団(SI被害弁護団)の後方支援などに取り組んでいる。​​

 

《 本について 》

かぼちゃの馬車事件 スルガ銀行シェアハウス詐欺の舞台裏
著者 冨谷皐介
金融事件史上、最大の不正融資事件! 巨大組織スルガ銀行に勝利した、被害者同盟の闘いを克明に描く