下ネタとはちがう! 自分らしく生きるために必要なことを学ぶ「性教育」とは? 性教育絵本の作者・大石真那さんにインタビュー

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By 市岡光子・mitsuko / 2022.04.12

 「赤ちゃんはどうやってお母さんのおなかの中に入るの?」

子どもからそんな質問をされたとしたら、どのように答えますか?

 

こうのとりが運んできた」「橋の下で拾った」など、昔からさまざまな答えが用意されていますが、国際的には近年、5歳から性教育をはじめることが推奨されているのをご存じでしょうか。

 

今回、保健師であり「生」教育アドバイザーとして、多くの学校で性教育の授業などを行う大石真那さんに、性教育や出版した絵本について話を聞きました。

 

 

 

話を聞いた人:大石真那さん

 

保健師・「生」教育アドバイザー・思春期保健相談士

兵庫県明石市在住で、3男1女を子育て中。「日本の性教育をアップデートしたい」という想いから、兵庫県内を中心に学校などで性教育を行う。保護者や教員などへの啓発活動も実施中。国際的な基準に基づいた「包括的性教育」を世の中に広めるための発信も続けている。

 

 

 

 

生きるために必要な「性教育」を多くの人に届けるために

 

 

―大石さんの活動内容について教えてください。

 

兵庫県内を中心に、小学校や中学校で子どもたちを対象とした性教育の授業を行っています。ただ、日本は性教育が非常に遅れている国です。大人にも性教育の大切さを理解してもらうために、講演会やブログ、SNSなどを活用した啓発活動もあわせて行っています。

 

 

―そもそも「性教育」とは、どんなものですか?

 

「性教育とは」をひとことで言い表すのは難しいですね……体の仕組みやジェンダー、他者の尊重など、本当にさまざまな要素を含んだものが性教育なんです。

 

ユネスコが作成した国際的な性教育の指針『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』というものがあるのですが、そこでは各年齢層に合わせて、赤ちゃんができる仕組みや性行為のリスク、避妊の方法という従来イメージされてきた性教育の内容だけでなく、人権やジェンダー、暴力と安全確保など、幅広い内容を含んだ「包括的性教育」を行うことが推奨されています。

 

ところが、日本では子どもたちに性教育をしようとすると、「性に関する知識は自然と身につけるものだ」とか「性教育をしたら未熟な若者の性行動が増える」といった声が多く集まります。おそらく、性教育を“下ネタ”と誤解されているのだと思いますが、性教育は性的興奮を誘うものではありません。

 

「生きていくうえで必要な知識」を与え、自分や相手にとって何が必要なことなのかをきちんと選びとっていける力をつける。それが性教育の役割なのです。

 

 

―なるほど。だからこそ、大石さんは「生教育アドバイザー」という肩書きを使っているのですか?

 

そうです。通常であれば「性教育アドバイザー」とすべきかと思います。でも、りっしんべんを使う「性」の字は、第二次性徴や月経、避妊、性感染症予防といった狭い意味での性教育のイメージが強く出てしまうんですね。本当はもっと幅広く、「自分らしく生きること」を考えるものだからこそ、「性」ではなく「生」という字を使ったオリジナルの肩書きをつけました。

 

 

 

―現在の活動をはじめたきっかけはありますか?

 

私自身が4人目の子どもを出産したことがきっかけでした。というのも、4人目は初めての女の子を授かったのですが、上の男の子3人を出産したときには感じたことのない、将来への不安があったからです。

 

出来れば望まない時期に妊娠することは避けてほしいし、もちろん性被害に遭うようなこともあってほしくない。そのために、学校できちんと教えてもらえないぶん、家庭内で少しずつ性教育を始めなければいけないと考えるようになりました。

 

さらに、息子が私の妊娠に興味を持ったことも、活動に結びつく大きなきっかけでした。娘を妊娠しているとき、まだ8歳だった長男から「赤ちゃんはどうやってお母さんのおなかに入るの」と聞かれたんです。息子にどうやって妊娠のことを教えるかを調べているうちに、小さい頃から家庭で性教育を行うことには、多くのメリットがあると分かりました。また、男の子も性被害に遭うことがありますし、そもそも妊娠は女の子だけでは成り立たないものなので、男の子にとっても小さいときから性教育をすることは大切だと思うようになりました。

 

それで、まずは兵庫県庁の保健師として在職中に、ボランティアで子育て中の保護者を対象とした性教育の講座を実施するようになりました。ただ、コロナ禍になってから中高生の妊娠相談が増えていることを知り、保護者の方だけでなく若者にももっと性教育を直接届けていかなければならないと思ったことから、退職して現在の活動を開始しました。

 

 

 

 

主人公は男の子。新たなアプローチで、心からおすすめできる性教育絵本をつくる

 

 

 

―出版した絵本『げっけいのはなし いのちのはなし』は、どのように生まれたのですか?

 

絵本出版賞に応募して、奨励賞をいただいたことがきっかけで、今回の絵本が生まれました。もともとは別の作品で応募していたのですが、その作品は少しニッチなテーマだったこともあり、出版が実現しなかったんです。

 

ほかに制作したい絵本のテーマを考えたとき、子どもへの性教育を行ううえで、私が心からおすすめできる絵本がつくりたいと思いました。それで、私の主催する講座などで、以前から「子どもに月経のことをうまく伝えられない」という悩みをたくさん聞いていたこともあり、今回の絵本を制作することになりました。

 

 

 

 

―制作でこだわったポイントはありますか?

 

こだわったことはたくさんあります。1つは「性行為の絵」を絶対に入れることです。子どもにそんな絵を見せたくないという声もよく聞くのですが、実は小さい子どもこそ、性行為を先入観なく、科学的に理解できるんですよ。

 

実際、我が家の次男が5歳、三男が3歳のときに性行為の絵を見せながら、体の仕組みや妊娠について教えたことがありますが、息子たちは全然驚きませんでした。むしろ、普段から見ている科学番組を思い出したのか「お母さん、これ交尾やな」って反応で。私も「そうやね、人も動物やから、交尾して子孫を残すよね。でも、人間はこれをセックスと言うんやで」と、淡々と教えることができました。

 

 

小さい子どもは純粋な感性で生殖の仕組みを学べるため、絵本での性教育も有効かもしれません。

 

 

―なるほど。ほかにはどんな点にこだわったのでしょうか?

 

2つ目にこだわったのは、主人公を男の子にすることです。実は、編集部から主人公を女の子にする案もいただいたのですが、月経の話になると性別で分断される現状をどうしても変えたくて、何度も話し合いを重ねた結果、男の子を主人公にする結論に落ち着きました。

 

学校教育の現場では、月経について学ぶとき、女子と男子が別の部屋に集められて、何かお互いにとってタブーな話であるかのように扱われてしまいます。

 

でも、そうではなくて、男の子も女の子もお互いの体についてきちんと知ったうえで尊重し合い、良い関係を築いていくことが大切です。この絵本は、性別の垣根なく性教育ができる内容になっていると思います。

 

 

主人公は男の子。お母さんの生理に気づいたことから、話がはじまります。

 

 

 

 

 

性教育で、多様性への意識も育む。子どもたちが自分らしく生きられる社会をめざして、NPOの立ち上げも

 

 

 

―絵本の最後にある「しごとも けっこんも、こどもをそだてるかどうかも、じゆうに きめるけんりがある」という言葉が印象的でした。

 

ありがとうございます。その言葉も、かなりこだわって絵本の中に入れました。月経は「将来赤ちゃんを産むための大切な準備」と表現されることが多いのですが、私は「産まない」という選択も尊重されるべきだと思っています。この絵本では、体の仕組みだけでなく、どんな人もいろいろな生き方を自由に選べるという社会の基本的な原理についてもメッセージとして伝えたいと思いました。

 

絵本を読んで、子どもたちが人に対して優しくなったり、「自分は自分でいいんだ、生まれてきたことってすごいんだ」と思ってもらえたりしたら、うれしいですね。

 

 

「多様な生き方があることを伝えたかった」と大石さんは話します。

 

 

―多様性について触れている性教育絵本は少ないように思います。大石さんは昔から多様性についても考えてきたのですか?

 

たぶん、大学生のときに障害のある人とお付き合いをしていた経験もあって、人より多様性について考えているのだと思います。

 

当時、障害のある人と付き合っていることを公言したら、母からすごく反対されたんです。私と同じように保健師を目指し、福祉の領域にも理解があるはずの友達から「障害のある人と付き合うなんて別世界の話や」とも言われて。身近な人たちの反応に、すごく驚いたし、傷つきました。

 

彼はただ普通に生きているだけなのに、障害がある、マジョリティ―じゃないというだけで、なぜこんなにも偏見が生まれるんだろう。そんなことを、心の底でずっと意識してきました。だからこそ、それが今回出版した絵本の終盤の表現につながったのかなと思います。

 

人は誰もが自分らしく生きる権利がある。それが当たり前のこととして広がっていくことを願っています。

 

 

―なるほど……そういった多様性への理解も含めて、子どもへの性教育はいつからはじめるのがベストなのでしょう?

 

そうですね、先ほどお話した国際基準によれば、5歳から少しずつ性教育をはじめることが推奨されています。

 

ただ、私としてはもっと早くからはじめられることがたくさんあると考えています。例えば、赤ちゃんの体を触るときは必ず声かけをして、嫌がったら必要以上に触らない。お世話でどうしても触らなければいけないときは「嫌だったね。でも、体をきれいにしようね」と、赤ちゃんの気持ちを尊重した声かけをする、ということですね。

 

赤ちゃんのときからそのような行動をとっていることで、子どもは「自分の体を誰がどう触るか、決める権利は自分にある」ということを自然と理解していきます。小さな行動を積み重ねた先に、自分と他者を尊重する意識が育まれてくると思います。

 

日本ではよく「嫌よ嫌よも好きのうち」と、嫌がる態度を好意的に解釈しがちなのですが、子どもが「No」と言ったのなら、それを尊重することが大切です。赤ちゃんにも子どもにも、ひとりの人間として人権があるということを、大人がきちんと認識して行動する必要があると考えています。

 

 

子どもをひとりの人として尊重することが、他者の尊重や性的同意を理解する上で大切なのです。

 

 

―最後に、今後の活動について教えてください。

 

まず、4月にNPO法人『HIKIDASHI』を立ち上げて、性教育だけでなく「子どもたちの生きる力を引き出す」教育を届ける活動を開始します。各分野のプロに集まってもらい、まちづくり、コミュニケーション・異文化理解、お金の教育などを行います。

 

そして、今回つくった絵本をさらに多くの方に届けていくために、NPO法人の活動の中で、絵本のアンバサダー制度を開始したいと考えています。アンバサダー制度では、養成講座を受講した後、アンバサダーに絵本を活用しながら性教育の大切さを広める活動を行っていただきます。まずは試験的に0期生に講座を開講し、本格的なアンバサダー1期生の募集は5月以降になる予定です。

 

また、日本在住の外国籍の子どものために、絵本の外国語訳リーフレットの要望もいただいているので、何か形にしていけたらとも思っています。さまざまな子どもたちに読んでもらえるよう、点字版の絵本なども作成する予定です。さらに、絵本の施設への寄贈も続けていくつもりです。

 

子どもたちが未来に希望を持って、自分らしく生きられる社会の実現を目指して、これからも活動に注力していきたいです。

 

 

今日は貴重なお話をありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

( 取材・文:市岡光子  )