「世の中のものは、ひっくり返せばなんでも面白くなります」

そう話すのは、作家の伊藤文人さん。

今まで、上下をひっくり返すと違う絵になる「さかさ絵」や前から読んでも後ろから読んでも同じ言葉になる「回文」など、「さかさ」をテーマにさまざまな書籍や作品を発表してきました。

 

とくに、5年前に出版した回文まんが絵本『キリンねるねんりき』は、とつぜん売上が急上昇しロングセラーに。

時代が「さかさ」に追いついたのか? 編集部もざわついております。

 

そんな伊藤さんが次に出す本は、上下ひっくり返すと別の字になる「さかさ文字」の本。

いったいどんな本なの? というか、どうしてそんなに「さかさ」ばかりつくっているの?

気になることをすべて、インタビューで聞いちゃいました。

読み終えたら、あなたも「さかさ」の虜になっているかも?

 


平塚在住の伊藤さん。この写真をひっくり返すと…。すみません、何も起こりません!

 

 

僕は「さかさ脳」が人より発達している

 

― 伊藤さんが5年前に出版した『キリンねるねんりき』が、なぜか1年前から急に売れはじめました。編集部で「不思議だね~」と話しているのですが、ご自身ではどのように受けとめていらっしゃいますか?

とっても不思議です。理由がまったく分からないんです。宣伝も何もしていないんですけど。はじまりは去年の秋頃だから、コロナやステイホームも関係ないんですよね。

 

― 純粋な口コミということでしょうか。

うーん。たぶん、今までとちょっと質の違う笑いなのかも。それを感じてくれる人がいるのかもしれないですね。

 


キリンねるねんりき』表紙と内容の一部

 

― たしかに、読むたびににやにやしてしまうフレーズがたくさんありますよね。どうしてそんなにたくさん、面白い回文を思いつくのですか?

実は極秘の作り方があって。3文字の言葉を元にしてつくるんです。その方法でこの世の3文字をすべて使い倒してしまったので、もう言葉がないんですよ。

(※この極秘の作り方、実はどんな方法なのか教えてもらっちゃいました。もしかしたら近々みらいチャンネルで紹介するかもしれません。お楽しみに!)

 

― そんなに極めて…すごいですね。

このやり方で回文をつくると、完成したときに、数秒前には思ってもいなかった世界が広がっていることがあるんですね。僕の回文は高尚な文学ではないかもしれないけど、みんながひっくり返るほど面白いのはこっちだと思います。

 

― 「さかさ」とともに、面白さにもこだわっているのですね。

そうです。僕のモットーは、人を笑わせることと、人を驚かせることですから。で、たまたま人より「さかさ脳」が発達していたので、「さかさ」で色々つくるようになった。自分の得意分野に人を引きずり込んで、驚かせたり笑わせたりしているだけなんですよ。

 


伊藤さんの書斎。ここからさまざまな「さかさ」アートが生まれています

 

 

新刊のタイトルは『ふるいけやの呪縛』。一体どんな本?

 

― もうすぐ新しい本『ふるいけやの呪縛』が出ますね。ちょっと不思議なタイトルですが、これはどんな本ですか?

「さかさ文字」という、上下ひっくりかえすと違う文字になるという遊びがあるんですね。

「なつくさや つわものどもが ゆめのあと」とか「かきくえば かねがなるなり ほうりゅうじ」とか、有名な俳句があるじゃないですか。そういう俳句を上下ひっくり返して見るとすべて「ふるいけや かわずとびこむ みずのおと」になるというトリックを紹介する本なんです。

タイトルの『呪縛』というのは、「ふるいけや」から逃れられないっていう冗談です。

 

― タイトル、そういう意味だったのですね(笑)

はい。その「ふるいけや」をはじめ、点線に鏡を合わせると思ってもいない文字が現れる「鏡文字」や、さかさ文字のつくり方など、色々な不思議を詰め込んで、あわせて64ページの本になりました。

 


ふるいけやの呪縛』の表紙


本をさかさにしてみると…


「ふるいけや」 読めたかな?


鏡の中に文字が現れる、鏡文字


編集部のメンバーも夢中! 大人も楽しめる1冊です

 

―どういう経緯でこの本を出すことになったのですか?

最初は、さかさ文字やほかの文字あそびの作品を集めた作品集をつくりたいと思っていたんです。去年の夏に御社に伺って作品を見せたら、社長の松崎さんが、作品集より「ふるいけや」をテーマに本をつくったほうが面白いと仰ったので、方向性が決まりました。その途中に回文まんが絵本の第2弾『ひのたまのりのまたのひ』を先につくることになって中断して、最初の相談から1年半かかってようやく完成しました。

 

― 編集の過程で印象的なできごとはありましたか?

自分でつくった作品を自分で紹介するのもなんだか変な気がしたので、本に「ドクター・アンビグラム」「カラスのカァペェ」というキャラクターを登場させることにしました。ドクターが解説して、カラスが驚いたり反応したりするんです。カラスがちょっとひねくれたキャラクターで、それがけっこう楽しいかもしれません。

 


社長の松崎と打合せ中の伊藤さん

 

 

「さかさ」との出会い。きっかけはエッシャー

 

― 今まで出した本、すべてが見事に「さかさ」にまつわる本ですね。伊藤さんと「さかさ」との出会いを教えてください。

最初に出会った「さかさ」は、さかさ絵でした。今70歳なのですが、43歳のときにはじめて描いたんです。 当時、僕はデザイナーとして働きながら、イラストの仕事も請け負っていました。

あるとき、松屋銀座の階段に「トリックアートコンペ」というポスターが貼られているのを見たんです。オランダの画家M.C.エッシャーのゆかりの地、福井県の自治体が主催の企画でした。それを見たとき、なんかできそうだなと思ったんです。で、描いてみたら、描けちゃったんですよ。その絵は奨励賞で3位に選ばれました。

 

― 初めて描いて入賞ってすごいですね。

それをきっかけにさかさ絵をはじめて、27年間で合計150ほど描いていると思います。さかさ絵の本もたくさん出しました。

 

 

世の中のものは、ひっくり返せばなんでも面白くなります

 

― そこから「さかさ」にはまっていったのですね。

はい。さかさ絵は上下の逆さですよね。次は左右の逆さをやろうと思って回文をはじめました。上下、左右ときたので、次は前後の逆さだ! ということで、立体物で前後のさかさをつくるのもやっています。でっぱっているものが引っ込んで、引っ込んでいるものがでっぱって見えるという。

 

― どこまでいっちゃうんですか…。

世の中のものは、たいてい何でも、ひっくり返せば面白くなるんですよ。

 

― そ、そうなのでしょうか?

そうです。たとえば、地下鉄の、電車が正面を向いているピクトグラムのサインがあるじゃないですか。あれをひっくり返すと、バッタの親分みたいな顔をしているんですよ。僕にはもう、あれはバッタの親分にしか見えない。

 

―どうやってひっくり返して見るのですか?

頭のなかで。もしくはスマホのカメラで撮って。なんでもひっくり返せばいいんですよ。けっこう面白いものがありますよ。写真を撮って写真集にしてもいいくらい、そこらじゅうにあります。

 


地平線の向こうに「さかさ」を探す伊藤さん

 

― 最近、新たにはまっている「さかさ」はありますか?

みらいチャンネルで連載している「回文まんがdeまちがいさがし」です。僕のまちがいさがしは鏡像になっているので、2つの画像を重ねてまちがいを浮かび上がらせるという裏ワザができないようになっているんですよ。だから、ちょっと難しいかもしれません。

 

― 次々と面白いことを思いついて、本当にすごいと思います。

そうでもないですよ。よく、周りの人にそんなに「さかさ」のことを考えていて頭おかしくならないの? って聞かれるんですけど、そんなに悩んでやってないんです。ほぼ冗談ですから。

 

― 今日はありがとうございました!

 

 

〈おまけの写真ギャラリー〉

 


はまってしまった伊藤さん


石コレクションを見せてくれました


伊藤さんはアインシュタインの生まれ変わりかもしれない…

 

 

 

編集後記

伊藤さんの話を聞いていると、常識がひっくりかえります。絵や文字だけではなく、人の頭の中までさかさまにしてしまうんだなぁと思いました。新著『ふるいけやの呪縛』は、本をさかさまにすると「えー!」と声を上げてしまいそうになるほど驚きのある本です。電車で本をくるくると回転しながらトリックを楽しんでいたら、周りの人にめずらしそうに見られてしまいました。読んだらあなたの脳もさかさになってしまうかもしれないので、要注意です!

(写真:洪十六  / 取材・編集:笠原名々子)

 

 

 

伊藤文人さんのプロフィール

伊藤文人(いとう ふみと)

日本回文まんが学会会長。さかさま研究所所長。
NHK教育T V「シャキーン! 」、クイズ番組「脱出(だっしゅつ)ゲームD E R O」、「謎解きバトルT O R E」など、多数のテレビ番組にもトリック作品を提供。
本作品が 東京大学入試問題にも使用された。

 

 

 

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