詩人・谷郁雄の日々の言葉 32

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By 編集部 / 2022.02.26

この連載について

日々の暮らしの中で、感じたこと、思ったこと。

詩人の谷郁雄さんが、日々から生まれた詩をつづる連載です。

2週間にいちど、ここでお会いしましょう。

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

ここ数日、テレビではロシアによるウクライナ侵攻の映像がくり返し流されています。

でも、それは映像なんかじゃなく同じ時代に起きている生々しい現実です。

犠牲者の数はこれから増え続けるでしょう。

さまざまな選択肢の中から、プーチンは最悪のシナリオを選んだのかもしれません。

良くも悪くも、歴史は大きく動き始めています。

 

 

 

 

 

「透明人間」

 

ぼくを
見てくれる人が
一人もいなくなったら
ぼくはいなくなるだろう
寂しくて
怪物になるかもしれない

 

自分が
誰なのか
分からなくなると
靴を履いて
人に会いに行く

 

「タニさんやせた?」
と訊かれて
自分がまだ
透明人間になっていないことに
安堵する

 

 

 

 

一人ひとり
ちがう人生を生きながら
同じ時代を作っている
ときには幸せを演じ
ときには不幸を演じて

 

空は
一人の空
けれど
誰のものでもない空
いつも
黙って広がっている
ときどき
ヘリコプターが騒がしい

 

与える者
奪う者
助け合う人
敵対する人
時代と呼ばれる
同じ一つの舞台の上で

 

たくさんの
道がある
どの道も
明日への一方通行路
思い出は
道端に捨てられる

 

今日という日に
何が起きようと
何事もなかったように
やがて
眩しい朝が訪れる
それがこの世の掟

 

 

 

「カサブタ」

 

生き方の
コツなんか
知らない

 

笑顔には
笑顔を返し
涙には
思いやりを持って接し

 

傷が
カサブタになって
ぽろりと剥がれるのを待ち

 

寒い日は
陽の当たる側を
歩いていくだけ

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

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《 谷郁雄さん プロフィール 》

1955 年三重県生まれ。同志社大学文学部英文学科中退。大学在学中より詩作を始め、78 年に大学を中退後、上京。90 年に『死の色も少しだけ』で詩人デビュー。93 年『マンハッタンの夕焼け』が小説家の辻邦生の目にとまり、第3回ドゥマゴ文学賞の最終候補作に。詩集に『自分にふさわしい場所』『日々はそれでも輝いて』『無用のかがやき』『思春期』『愛の詩集』『透明人間 再出発』『バンドは旅するその先へ』『バナナタニ園』他多数。詩集の他に、自伝的エッセイ集『谷郁雄エッセイ集 日々はそれでも輝いて』などがある。いくつかの作品は、信長貴富氏らの作曲により、合唱曲にもなっている。また、中学校の教科書の巻頭詩にも作品が選ばれている。

 

谷郁雄さんの本