詩人・谷郁雄の日々の言葉 31

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By 編集部 / 2022.02.12

この連載について

日々の暮らしの中で、感じたこと、思ったこと。

詩人の谷郁雄さんが、日々から生まれた詩をつづる連載です。

2週間にいちど、ここでお会いしましょう。

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

東京は朝から雪が降っています。

給湯器が寿命をまっとうして死んだので、いま業者の人が新しい給湯器と交換してくれています。

雪は積もるのか積もらないのか? 

そんなことを考えながら、業者さんの手際の良い作業を見るともなく見ています。

古い給湯器が新しい給湯器に生まれ変わったら、また新しい日々の始まりです!

 

 

 

 

 

「母」

 

九十一歳の
母を見ていて
思うこと

 

はよ(早く)
死にたいわと
口癖みたいに
言いながら

 

一日三食
欠かさず食べて
コロナのワクチンも
忘れず接種

 

死にたい母は
どうやら
生きる気まんまん
この世に生きること
人生を楽しむことが
好きなんだろう

 

電話のたびに
聞かされる
「はよ死にたいわ」は
いまでは
「元気に生きとるよ」に
脳内変換されて聞こえる

 

こちらも
元気にやってるよ
ときどき
死にたくなるけど

 

 

 

詩の神様

 

人生を
卒業する資格は
何だろうかと
自問する

 

大学は
中退したから
卒業証書は
もらわなかった
代わりに
街の小さな印刷所で
薄っぺらな詩集を作った
それが
ぼくの卒業証書

 

人生も
詩集で
卒業したいな
詩の神様も
喜んでくれるだろう

 

 

 

「あの人のいま」

 

「あの人は今」
というテレビ番組が好きで
つい見入ってしまう
あの人のいまが
どうなっているのか
知りたくて

 

華麗に転身して
いまも輝いている人
ひどく落ちぶれて
日当たりの悪い人
さまざまな人たちの
あの人のいまがある
中にはすでに
鬼籍に入っている人もいる

 

番組を見ていると
思い出す
あの人や
この人の
笑顔
みんな元気で
やってるだろうか
その人たちのいまに
いまの自分が思いを馳せる

 

なぜか
不器用にしか
生きられない
あの人のいまが
長く心に残り続ける

 

 

 

「詩の題材」

 

太陽との
正しい
向き合い方は

 

黒点や
太陽フレアや
日蝕について
知識を
ひけらかすことではなく

 

日向ぼっこや
洗濯物干しや
詩の題材に
太陽を利用することである

 

 

 

 

 

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インタビュー

 

《 谷郁雄さん プロフィール 》

1955 年三重県生まれ。同志社大学文学部英文学科中退。大学在学中より詩作を始め、78 年に大学を中退後、上京。90 年に『死の色も少しだけ』で詩人デビュー。93 年『マンハッタンの夕焼け』が小説家の辻邦生の目にとまり、第3回ドゥマゴ文学賞の最終候補作に。詩集に『自分にふさわしい場所』『日々はそれでも輝いて』『無用のかがやき』『思春期』『愛の詩集』『透明人間 再出発』『バンドは旅するその先へ』『バナナタニ園』他多数。詩集の他に、自伝的エッセイ集『谷郁雄エッセイ集 日々はそれでも輝いて』などがある。いくつかの作品は、信長貴富氏らの作曲により、合唱曲にもなっている。また、中学校の教科書の巻頭詩にも作品が選ばれている。

 

谷郁雄さんの本