詩人・谷郁雄の日々の言葉 22
この連載について
日々の暮らしの中で、感じたこと、思ったこと。
詩人の谷郁雄(たに いくお)さんが、日々から生まれた詩をつづる連載です。
2週間にいちど、ここでお会いしましょう。
・・・・・・・
向かいのお宅の柿の実がすっかり赤く色づいてきた。
その実を目当てに、どこからか鳥たちがやってくる。
スズメ、ムクドリ、ヒヨドリ、カラス、外来種の大型インコまで。
柿の木というより鳥の木と呼びたくなる。
今日は娘が遊びにきている。
妻と楽しそうにお喋り中。
まるで2羽の鳥みたいに。
「返球」
君とぼくとの
無言の
キャッチボール
君の投げてよこした
ボールは
ぼくには重すぎた
そのわけは
問わない
ことにして
君に
ボールを
投げ返す
すべてを
しっかり
受け止めて
ともに
歩いていく
覚悟の返球
「サンマ」
香りと
匂いの
小さくて
大きなちがい
サンマは
香らない
匂うのだ
レモンは
匂わない
香りを放つ
少女の
髪の匂い
吐息の香り
貧しさと
格闘した
母の匂い
安物の香水の香り
「キリトリ線」
好きな人の
きらいなところ
切り取って
捨ててしまいたい
けれど
そんなことしたら
好きな人を
きらいになりそうで
切り取るのは
諦めて
キリトリ線を
ひとさし指でなぞる
・・・・・・・
《 谷郁雄さん プロフィール 》
1955 年三重県生まれ。同志社大学文学部英文学科中退。大学在学中より詩作を始め、78 年に大学を中退後、上京。90 年に『死の色も少しだけ』で詩人デビュー。93 年『マンハッタンの夕焼け』が小説家の辻邦生の目にとまり、第3回ドゥマゴ文学賞の最終候補作に。詩集に『自分にふさわしい場所』『日々はそれでも輝いて』『無用のかがやき』『思春期』『愛の詩集』『透明人間 再出発』『バンドは旅するその先へ』『バナナタニ園』他多数。詩集の他に、自伝的エッセイ集『谷郁雄エッセイ集 日々はそれでも輝いて』などがある。いくつかの作品は、信長貴富氏らの作曲により、合唱曲にもなっている。また、中学校の教科書の巻頭詩にも作品が選ばれている。
『大切なことは小さな字で書いてある』
詩に飽きたら、また日常へと戻っていけばいい。 「詩の時間」シリーズの第1作目。
『バナナタニ園』
「楽園、ここにあります」谷郁雄の詩×吉本ばななの写真×寄藤文平の絵。ページを繰るほどに愛着がでてくる、楽園へのパスポート