月曜日のショートショート|第26話『満月のフリをしたシフォンケーキ』

連載
2021/03/08

この連載について

毎月、第2・第4月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

 

 

第26話 満月のフリをしたシフォンケーキ

 

 

 

『洋菓子店セルクル』にあるシフォンケーキは、自分が満月だと思って生きていた。

 

「ケーキは生きていない、食べ物だ」

と定義する貴方にとって、大変浮世離れしていると思うが、これは本当の話だ。

 

シフォンケーキの他に陳列されているチョコレートケーキ、ショートケーキ、モンブランなどはケーキであることを全うしていたが、シフォンケーキだけはショーケースから見える満月を見て

「あっ、自分だ」

と考えていた。

 

そんな想いみたいなものがあるからか、そのシフォンケーキは、なかなか売れなかった。

 

売れるタイミングは何度もあったのだ。

しかし、電話で注文が入るタイミングで町に雷が落ちて停電になってしまったり、シフォンケーキを指さした子どもの指にポンと花が咲いて大騒ぎになったりして、必ずシフォンケーキの購入を妨げる事柄が起きた。

 

そのため、客は寄り付かず、シフォンケーキは夜空を眺める時間を堪能していた。

 

少年が野球選手に自分を重ねるように、

少女がお姫様に自分を重ねるように、

シフォンケーキは満月に自分を重ねた。

まさしくシフォンケーキは満月に“なりきっていた”のだ。

 

三日月や半月を見ると心の中でシフォンケーキは笑っていた。

なんだ、あのへんてこりんな形は!と。

そしてまた満月になると

「おお、おお、自分だ」と思った。

 

洋菓子店セルクルの一人店主である佐久間藍子は、シフォンケーキのそんな想いを分かっていた。

だから、シフォンケーキに満月が見えやすいように、店のカーテンは閉店後もしめなかった。

 

私が店の外から手を振った時も、佐久間藍子は

「どいてどいて」

と言って、私に離れるように笑って指示をした。

 

「拓斗さんがそこに居ると、シフォンケーキが月を見られないでしょ」

と言う佐久間藍子はいつも楽しそうだった。

 

「おっ、今日もシフォンケーキ売れなかったねぇ」

と私がショーケースを覗き込むと

「そうなの、そうなの。可愛いね」

と佐久間藍子は言った。

 

まるで、2人は、生まれたての赤ん坊を見るような眼差しでシフォンケーキを見ていた。

 

 

シフォンケーキは来る日も来る日もそこに在った。

 

そして、ひとつの季節が過ぎた。

 

シフォンケーキは、すっかり小さくなって、匂いもきつくなった。

それに伴い、とうとう客足も遠のいた。

「おいおい、腐っているんじゃないかそれ」

と客が驚き始めたのだ。

 

そうすると佐久間藍子は凛とした声で

「シフォンケーキは、ただ“満ち欠けている”のです」

と反論した。

 

私はショーケースに付いたカビを手に取って

「これは銀河みたいだね」

と佐久間藍子に見せたが、佐久間藍子は、もう、そう言ったことで笑わなくなった。

 

どんどん、小さくなっていくシフォンケーキを佐久間藍子は心配した。

そして、シフォンケーキに呼応するように佐久間藍子も小さくなって「いらっしゃいませ」の声も小さくなって、遠くの景色を見ていることが多くなった。

 

「遠くの景色は小さいだろう? あれは全て指で摘まむことができるんだよ」

元気が出るかなと思って言った私の言葉を、佐久間藍子は

「そっかぁ」

と鉄琴みたいな声で言って、久しぶりに大きく動いて手を伸ばした。

 

遠くにある小さな景色。

遠くにある小さな丘。

洋菓子店セルクルの窓から見える小さな丘にある小さな教会を、佐久間藍子は角砂糖を摘まむように手に取った。

 

手に取ると教会の鐘がカラーンカラーンと鳴った。

それをそのままシフォンケーキの真ん中に置くと、積み木で思い通りのお城が作れて喜んでいる子どもみたいに微笑んだ。

 

「シフォンケーキ喜んでるかな」

教会が建ったシフォンケーキを見て佐久間藍子が言った。

 

シフォンケーキは、ずっと黙ったままだった。

シフォンケーキは、どんどん衰えていく自分の体と、毎回毎回変わらない体の満月を比べて、とうとう自分は満月じゃないことに気づいていたのだ。

 

佐久間藍子はショーケースの銀河を見つめている。

見つめる先には、もうチョコレートケーキもショートケーキもモンブランも無い。

たった1つ取り残された満月になりたかったシフォンケーキだけがそこにいて、行列を作ったアリたちに、静かに食べられていた。

 

満月になりたかった気持ちは永遠にここにあって、教会が建っていた遠くの丘は、ぽっかり空いている。

ぽっかり空いた教会のあった場所から風が吹いて、その風が洋菓子店セルクルのもとまで届いた頃。

 

「自分は月みたいだな」

シフォンケーキは、ふとそう思った。

 

まるまる肥えていた満月のような自分から、今、三日月のように細くなってしまった自分。

満月だろうと月は月。三日月だろうと月は月。

そう思ったら、やっぱり自分は月だったのだと思えたのだ。

 

こうして安心して眠りについたシフォンケーキ。

 

佐久間藍子は、眠りについたシフォンケーキを優しく見守りながら

ショーケースに付いた銀河を拭き取った。

 

そこには角砂糖のような小さな教会に、アリが行儀よく参列していて、

懸命に生きたシフォンケーキに向かって祝福の鐘を鳴らしているところだった。

 

 

 

 

 

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《 プロフィール 》

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。1986 年群馬県生まれ。B型。幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni

Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717

 

《 本について 》

かいじゅう ガーくん
著者 マサクニ
変人度200%!!  かいじゅう ガーくんの正体を誰も知らない。

2021.03.08

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