連載|月曜日のショートショート|第23話『たまごがのった人』
連載
2021/02/01
この連載について
毎週月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。
絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。
いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?
第23話 たまごがのった人
風は目に見えない。
けれど、手のひらにのせた砂が空中に流れていく様を見ると、
風が始まった場所も、風が止んだ場所も。
人間の感情も、そんな風に見えたら楽なのにと思った。
電車で目の前に座るサラリーマンのおじさんの頭の上に、
おじさんは鳩に豆鉄砲を食ったような顔をして「なんだ、てめー」
それから、肩のあたりを殴られて痛いと思った。
次の日の朝、洗面台で自分を見ると、頭の上に、
意味は分からない。
意味が分からないので、もう一度言おう。
頭の上に、たまごがのっていたのだ。
ずいぶん不思議なことが起きたが、
たまごをのせたままなので、
私はたまごを労わりながら、自分のことだけで精一杯になった。
駅に着くと驚いた。
私以外の人たちの頭にも、たまごがのっているのだ。
ホームでは皆、口々に
「もうー、面倒くさい!何なのこれー歩きにくいー」
「これじゃあ遅刻しちゃうよー」
と困っていた。
それから、
“いつも同じ時間帯の電車に乗っている、
「ですよね、私もです。今日の朝からですよ、
「ほんとにね。でも、みんなこうなっているのを見ると、
「ねっ。…そういえば、いつも、この7時42分の電車に乗っています
「そうです、そうです。いつもこの電車の、
と新しいコミュニケーションをしている者たちもいた。
こうして皆が、
ホームのスロープを、ゆっくり歩いてくる1人の老婆がいた。
その姿を見て驚いた。
なんと、頭の上に、たまごがのっていないのだ。
(いや、のっていないのが普通なのだけれど)
老婆は、孫と動物園に来ているみたいに、
そして、ゆっくり私の顔に目を止め笑った。
「おひとつくださいな」
優しい声だった。
この言葉は、この音階で発せられるために生まれてきたように感じた。
老婆は、頭の上にある私のたまごを指さしている。
それから“届かないから、しゃがんで”という素振りを私にして、
先程まで見下す形だった老婆の顔が目の前にある。
老婆の顔は思い出せない紙芝居のようだ。
この数時間後、あの老婆の似顔絵を描いて欲しいと言われても、
老婆は、果実をもぎ取るように私の頭の上から、たまごを取った。
それから、にっこり笑ったまま、たまごを両手で持って、
駅のホームの私たちは一部始終を共有した仲間になった。
それを遮るように7時42分の電車のアナウンスが鳴り響く
電車が減速しながらやってくる。
今、私の頭の上に、たまごはのっていない。
そのため、体が自由に動く。
でもそれは、たまごがのっていないからではない。
誰かに受容された安心感からくるものだったのだ。
私の隣には弓道部なのだろうか、片手に弓を持ち、
彼女の持つ弓が、朝空に向かって伸びている。
電車がホームに止まり、門のように扉が開いた。
私は彼女の頭の上にある、たまごをみつめながら
「おひとつくださいな」
と声をかけてみた。
「ありがとうございます」
たまごが、のっていてもいなくても、
私は慌てて、たまごをもぎ取る。
彼女のポニーテールが揺れる。
朝に月が出ている。
私の手のひらには、
たまごがあり、
これが感情の輪郭だと思った。
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作者プロフィール
マサクニ
絵本作家。ミュージシャン。
1986 年群馬県生まれ。B型。
幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。
SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。
自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。
Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni
Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717
● マサクニさんが詩と絵を担当した物語『f』の読み聞かせ動画。よろしければこちらもお楽しみください。
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