連載|月曜日のショートショート|第22話『MK-126の想い』
連載
2021/01/25
この連載について
毎週月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。
絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。
いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?
第22話 MK-126の想い
あっ。
と思って空を見上げると、そこには宇宙が広がっていた。
僕は、いつもこうして空を見上げている。
曇り空、青空、関係なく空を見上げている。
雨の日、傘もささずに空を見上げているから、もし、周りに人がいたとしたら、僕のことを、気が狂っているか詩人かと思うだろう。
でも、違う。
僕は正気だし、詩人のように言葉は信じていない。
僕のパートナーが宇宙旅行に行ってから、半年が過ぎた。
MIYOKOは宇宙に憧れていた。僕と結婚してからも、ずっとだ。
「私のお骨は宇宙に捨てて頂戴」
花に水をやりながら、いつもそんなことを言っている人だった。
ある日、民間人用の宇宙旅行の募集に応募したMIYOKOは、晴れて宇宙飛行士に選ばれた。
夢が叶うのは、いつも突然なのだ。
「私がいなくても大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。君はずっと1人で旅行にも行っていたじゃない」
ブーゲンビリアが窓辺で揺れている。
「最近、あなた、ちゃんと泣いてる?」
「泣けてないよ。泣いたのは結婚式の時だけだよ。ほら、さすがに泣いていないと君のお父さんにも印象良くないからって君が無理やり…」
「あら、あの時から、ずっとなのね。じゃあ、また私が目薬さしてあげるわ」
「どうやって?宇宙から?」
「そう。宇宙から。地球に向かって、いや、あなたに向かって。宇宙船から、あなたに目薬を落とすわ」
そんな約束を僕は信じて、この地球でずっと目薬を待っているのだ。
悲しかったことを思い出しても、思いっきり楽しいとされるお笑い芸人の動画を見ても、僕の目から涙が流れることはない。
僕の頭の中のプログラムには“涙”の設計はされていないのだ。
MIYOKOが人類初「ロボットと結婚した人間」として、周りから注目を浴びていることは僕にとって不安なことだった。
僕がロボットであることで、MIYOKOに迷惑をかけたくなかったのだ。
でも、MIYOKO自身はそのことについて、ちっとも迷惑だなんて思っていなかったし、周りの声なんて気にしなかった。
「食事はどうするの?」
「子どもを産む気はあるの?」
そんなデリカシーのない質問をする人間もいたが、MIYOKOはずっとMIYOKOでいてくれたし、僕はずっと僕だった。
僕らは離れていてもずっとそこに在るだろうと思った。
幸運だったのはMIYOKOが宇宙に行って2週間後に地球が滅びたことだ。
人間は全滅した。
世間の雑音が無くなったのだ。
それで空は驚くほど綺麗になった。
人間が行動しなくなるだけで、こんなにも自然は息を吹き返した。
そのおかげだろう、空を見上げるだけで宇宙が見えるようになったのだ。
僕は食事をしなくても生きていける。
僕は子どもを産まなくても生きていける。
けれど、この地球にMIYOKOがいないというだけで、明日に希望が見いだせない僕は、まるで人間みたいだった。
僕は空を見上げている。
宇宙を見上げている。
MIYOKOからのアクションを待っている。
本当にMIYOKOが僕のことを忘れていないか不安なのかもしれない。
だから、雨が僕の頬に触れたとき、
MIYOKOからの目薬かと思って期待する。
雨が本当に雨だった時、その中に目薬が混ざっているのではないかと期待して、また明日を待っているのだ。
風が強く吹いた。
遮るものが無くなった地球で、僕は風を全身で浴びる。
その風に吹かれて、宇宙の星たちも砂浜の砂みたいに、
さーっと、吹かれて無くなった。
そのせいで宇宙には黒だけが残った。
その黒の中に、光る点がゆっくりゆっくり横断している。
僕は確信した。
きっとそうだと思った。
でも、目薬は落ちてこないだろうと感じた。
それでも良い気がした。
MIYOKOが育てていたブーゲンビリアは、今、僕の心臓にある。
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作者プロフィール
マサクニ
絵本作家。ミュージシャン。
1986 年群馬県生まれ。B型。
幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。
SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。
自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。
Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni
Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717
● マサクニさんが詩と絵を担当した物語『f』の読み聞かせ動画。よろしければこちらもお楽しみください。
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