連載|月曜日のショートショート|第20話『真夜中課』

連載
2021/01/11

この連載について

毎週月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

 

第20話 真夜中課

 

 

プリンターから出てくる真夜中を見て、僕はそれをクシャクシャにした。
 
「真夜中を作る時は一点の曇りもあってはならない」
 という神橋さんの言葉を思い出したからだ。
 
 
神橋さんは真夜中を作る真夜中課の課長である。
 
虹課や夕暮れ課と違って花形ではないが、一日を終わらせる重要な役割と空の基本を担っているため、この会社の新人は必ず真夜中課で研修を行うことになっている。
 
そして僕は半年間の研修期間を終え、神橋さんの下で正式に真夜中課配属の社員となっていた。
 
 
入社当時、真夜中に何かを付け足したがるのが僕の悪い癖だった。
 
星があった方が良い気がして、金平糖の白と黄色を真夜中に散りばめてみたり、
引っ掻き傷を付けるだけで彗星規模の流れ星が出来るため、
小指の先端を垂直にして曲線を何本も描いたりした。
 
 
真夜中の中に自分の印をどうしても入れたかった。
 
だから、その度に何かを足し、その度に神橋さんに怒られた。
 
「お前の黒はな、電池切れしたスマートフォンの画面みたいな黒なんだよ。確かに一見、黒だよ。だけどな、よく見ると指紋が付いていたり、埃が散らばっていたりする。それは本当の黒じゃない。自分の蓄積が出てる。お前の表現なんかいらない。鬱陶しいだけだ。」
 
「でも星は必要ですよね。星座は人間の想像力の賜物だし、流れ星に願いをかけるのは悪くない行為だと思うんです。」
 
プリンターからは、今晩の真夜中が一定のリズムで床に落ちていき、水たまりのように溜まっている。
 
「俺はな、夜は終わりじゃなくて始まりだと思ってるんだ。一点の曇りもない黒とは、赤ん坊が胎内にいる時に見る〝はじまり〟のような黒。全く誰からも汚されていない純白の黒。あっ、純白の黒って変か。だから、その、ほら、今、目瞑ってみろ。
な!この何もない黒だよ。」
 
真夜中を語る神橋さんの耳は赤くなっていた。
 
照れくさかったのかもしれない。
 
普段はこんなに話すことはない、黙々と仕事をする東北生まれの思慮深い人だ。
 
真夜中を語る時、神橋さんは饒舌になるのだ。
 
「だからな、お前よく聞けよ、真夜中を見て〝はじまりだ〟と思ってもらえるような空を作れ。普通の人は朝に希望を感じられるもんだ。でも、絶望の中にいる人間には、その光が眩しすぎる。夜眠る時に安心してもらえるように、しっかり真夜中を作ってやれ。意地悪な街灯もネオンもいらねえ。誰かの歌になるような星や流星もいらないんだよ。」
 
そう言って神橋さんは床に散らかった真夜中を1枚1枚拾い上げた
 
机の上でトントンと整列させると真夜中は重なったトランプのようになった。
 
 
ガラッと窓を開けると、夕暮れ課の作った夕焼けが街を食っていた。
 
「あっ、あいつら、今日は飛行機雲なんか貼り付けてやがる。」
 
夕焼けに記された飛行機雲は、途中で折れたシャーペンの芯のように間抜けに漂っている。
 
「ありゃ新人の仕事だな。」
 
そう呟きながら慣れた手つきで神橋さんは梯子を用意する。
 
僕らの仕事のはじまりだ。
 
梯子の先を会社の窓から放り投げると、梯子はぐんぐん伸びていき、空のてっぺんに届いた。
 
真夜中を片手に持ちながら僕らは梯子を昇っていく。
 
この街で一番高いテレビ塔の隣に到達すると
 
「じゃあ行くぞ。せーの。」
 と神橋さんが声をかける。
 
その掛け声を合図に、僕らは一斉に真夜中を空に放った。
 
真夜中は空に吸い込まれていくように昇った。
 
神橋さんはこの光景を〝ドラマでお札をビルからばら撒き、ヒラヒラとゆっくり地上に落ちるシーンの逆再生を見ているようだ〟と、いつも言っていた。
 
 
僕らの真夜中はゆっくり空に食べられて、辺りは暗くなった。
 
真夜中になったのだ。
 
 
会社では、早朝4時空科の社員達が出社してきていた。
 
彼らは真夜中と朝の狭間で揺れ動く、あのマーブル色の空を作っている。
 
入り混じった色を見ているせいか、頭の中は異様に回転し、朝4時のハイテンションも相まって、変わった人間が多い。
 
神橋さんは彼らの出社を合図に梯子から降り始めた。
 
すると、下の方から声が聞こえた。
 
叫ぶような、でも笑いの混じった声。
 
何かと思い、梯子の下を見ると、早朝4時空課の社員達が空を指差しながらこちらに
 
「おーい、おーい」
 
と声をかけている。
 
ついに狂ってしまったのかと、その指差す方を見てみると、シャーペンの芯のような飛行機雲に引っかかった真夜中が、あっかんべの舌のようにペロリとめくれていた。
 
そして、めくれた所から夕焼けがオレンジジュースのように街に垂れ落ちていたのだ。
 
神橋さんは「あれまー」と頭を抱えた。
 
街はどんどん夕焼けに染まっていき、空はそれに反射してまたオレンジに戻った。
 
「またやり直しだーこりゃ。残業決定―。」
 と神橋さんが笑っている。
 
「えっ、残業!?残業代出ますかあ。」
 
「残業代はでましぇん。」
 
「ブラックですね。」
 
僕らの真夜中は眠らない。

 

 

 

 

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作者プロフィール

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。
1986 年群馬県生まれ。B型。
幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。
SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。
自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni

Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717

 

マサクニさんが詩と絵を担当した物語『f』の読み聞かせ動画。よろしければこちらもお楽しみください。

絵本の詳細はこちら

2021.01.11

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