連載|月曜日のショートショート|第18話『見えてますよ!』

連載
2020/12/21

この連載について

毎週月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

 

第18話 見えてますよ!

 

 

中央線、下り電車。

ついに僕は見えてしまった。

 

前に座る女性が、血だらけで、ゆらーり座っているのだ。

 

右目には大きなたんこぶ。

頬には深い切り傷。

左腕は骨が折れ、だらんと揺れている。

そして、何より顔面血だらけである。

 

そうか、最近、疲れてるもんな。

なんか、きっと冴えちゃったんだと思う。

 

もともと霊感とかあるタイプじゃないんだけどなぁ。

 

見た感じは、20代OL風。

しかし、傷だらけで、血だらけなのだ。

 

意外と普通に電車に乗ってるのね。

何か伝えたいことがあるのだろうか。

この世に言い残したことがあるのだろうか。

 

僕は身体が冷えた気がした。

 

電車は高円寺で停車した。

人がわっと入ってきて、電車内は一気に乗客で溢れた。

今日は高円寺でお祭りがあるらしく大賑わいだ。

 

すると、血だらけの女性が突然

「どうぞー」

と言って、足の不自由な、おばあちゃんに席を譲った。

 

「あら、やだ。ありがたいわ。甘えさせていただくわね」

 

顔面血だらけの女性は

「いえいえ、とんでもない」

と言って、扉付近へ移動した。

 

なんと、血だらけ女性と、おばあちゃんが会話をしたのだ!

 

一体どういうことだろう。

席を譲ってもらった、おばあちゃんもこの世のものではないということか?

 

でも、おばあちゃんは、血だらけではないし、一生懸命スマホで文字をうっている。

急に電話がかかってきて、ボタンを押してしまったのか

「ごめんね、しーっ、しーっ。今、電車の中だから」

という声を電車内に響かせている。

隣の乗客が、それに舌打ちをしている様子を見ると、どうやらおばあちゃんは〝実在〟する。

 

いよいよ、不思議に思って、もう一度血だらけの女性を見た。

けれど、扉に寄りかかりながら、景色を眺めているだけであった。

 

吉祥寺に着くと、血だらけの女性は降りていった。

僕は後を追うことにした。

したたり落ちるその血は、歩いた道の後をしっかり追いかけている。

 

行き交う人々は、血には気づいていないようだ。

 

血の跡を辿り、改札を抜け、井の頭公園口の階段を降りた時だった。

女性の折れた左腕から、包帯の切れ端がヒラリと落ちたのだ。

 

僕は反射的に

「あっ」

と言って拾ってしまう。

 

すると血だらけの女性は振り返り、まじまじと僕の方を見つめ、こう言った。

「見えてるんですか?」

 

わー!

やっぱり、幽霊だった!

 

でも女性は

「見えてる人いるんだ!わたし、幽霊じゃないですよ」

と笑った。

 

「この風貌だと幽霊だと思うでしょ? 違うんです。この傷、全部、私の心の傷なんです」

 

吉祥寺の雑踏に陽炎が揺めいている。

 

「見えるようにしてもらったんですよ。

神様に頼んで、心の傷を。

でも、人に見えなきゃ意味ないんですよね。

わたし、これだけ辛いんだよーって他人に分かってもらうために、見えるようにしたのに!

えっと、例えば、ここのたんこぶは、彼氏に浮気された傷。ここの頬は、会社で悪口言われた傷。

ここの腕は、駅で、いきなり怒鳴られた傷です。

毎日鏡みて自分ばっかり傷を思い出して、何だか辛いですよ」

 

辛いと言いながら、女性は電車内で見た時より、ハツラツとしていた。

 

「きっと、僕以外には見えていないと思います」

「でも、あなたには見えてるんですね。やっと出会えました、見てくれる人に」

 

悲しみや苦しみが、血として噴き出たり、たんこぶになって腫れあがるなんて、自分だったら嫌だと思った。

けれど、この駅にいる人達も、遠くで散歩しているあの人達も、目には見えていないだけで、内包されているいくつもの傷があるのかもしれなかった。

それは、つまり、僕にもあるのだ。

 

「僕の傷も見えますか?」

「見えますよ。さっきからずっと鼻から血が出てます。女風呂に入って鼻血吹き出してるギャグ漫画の小学生みたいです」

「えっ、めちゃくちゃ、ダサいですね」

「はい」

そう言って女性は顔を赤らめて笑った。

血だらけも相まって、真っ赤かだ。

 

それから、女性とは別れた。

 

次、会った時、彼女の傷は少し無くなっている気がした。

きっと〝私の傷を理解してくれている人がいる〟ということが、彼女の励みになると思ったからだ。

 

神様も面白いことをするものだなと思った。

 

井の頭公園は、いつもにも増して賑わっていた。

 

アヒルさんボートを漕ぐカップル。

ずれたチューニングのギターで弾き語りをする路上ミュージシャン

甲冑姿で散歩をしている人。

兵隊ごっこをしながら七井橋を渡る男達。

 

今日はコスプレ日かよ。と思うほど、人々はいろいろな格好、いろいろな趣味を楽しんでいた。

 

僕はベンチで、ぼんやり池を眺めることにした。

隣りに初老の紳士が、ストンと座った。

 

会釈をすると、その紳士も何と顔が血だらけ、真っ赤かだった。

紳士も心の傷が見えている人だったのだ。

 

僕は喜ぶと思って、明るい声で

「見えてますよ!」

と言ってあげた。

 

紳士は

「えっ、話しかけてくるタイプの人? 珍しいね。普通、僕らを見ると顔真っ青にして口パクパクさせて逃げるのに」

と驚いた。

 

「大丈夫ですよ。僕、見えてますからね。何でも悩み聞きます」

 

蝉の鳴き声が一層強くなった。

 

近くに寄ってきた子どもが僕を指差して

「あの、おにいちゃん1人で喋ってる!」

と笑っていた。

 

 

 

 

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作者プロフィール

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。
1986 年群馬県生まれ。B型。
幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。
SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。
自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni

Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717

 

マサクニさんが詩と絵を担当した物語『f』の読み聞かせ動画。よろしければこちらもお楽しみください。

絵本の詳細はこちら

2020.12.21

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