月曜日のショートショート【14】『死んだフリ』

連載
2020/11/16

この連載について

毎週月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

第14話 死んだフリ

 

 

 

「あの子、ほんとに仕事やる気あるのかしら?」

うるさいよ

 

「挨拶の声も小さいのよね」

うるさいよ

 

「なんか休みの日、絵本?絵?描いてるとかで…。いつまで、夢みてるのかしら?」

うるさいよ

 

職場の人からの私に対する陰口は、

全部、全部、もちろん私には届いていて、

私に対して直接それらを言ってこないあの人達を目の前にすると吐きそうだった。

 

新宿駅。

取引先との打ち合わせに遅れそうだった私は、

中央線のホームから階段を駆け下りていた。

 

陰口が私の身体に纏わりついて、

足元は、ずっとおぼつかなかった。

 

子どもの頃、一段飛ばしをしながら階段を駆け降りていた時、

心はずっと愉快だった気がする。

世界はずっと私に優しくて、転んでも誰かがすぐに助けてくれ、

おうちに帰れば、家族が待っていて、今日あった事をたくさん話せた。

 

でも、今、新宿駅で階段を一段飛ばしをする私はフラフラだった。

 

陰口は知ってる。

きっと、そうだと思っていたし。

でも、考えないようにすればするほど、頭にこびりついてきた。

 

というか、

「タナベさん。この間、みんながタナベさんの悪口を言ってたよ。えっとね、例えば…」

と、それを私に教えてきた、あの同僚も何なのだろう。

 

足元はフラフラだ。

子どもの時みたいに、うまく階段は駆け降りられなかった。

 

ポン、ポンとリズムよく降りていたつもりが、

目の前をゆっくり降りていた同じくらいの歳のOLにぶつからないようにしたために、

バランスを崩して、そのまま私は階段を転げ落ちた。

 

「人は死ぬ瞬間、時間がゆっくり見えるらしい」

という、言葉を思い出していた。

 

本当にその通りで、落ちながらいろんな人の顔が見えた。

 

落ちていく私の様を、びっくりした顔で見つめるサラリーマン。

音に反応して、こちらに目を向ける高校生。

あああ!とわかりやすく叫ぶ、おばちゃん。

そんな人達とスローモーションで見つめあいながら、階段を転げ落ちた。

 

バン!

 

階段1番下の床に叩きつけられて、私はそのまま倒れた。

 

静寂。

 

そして、

 

もういいか。

と思った。

 

痛いというより「恥ずかしい」が勝ってる私は、

きっとまだ生きているだろう、と思った。

 

すぐに、いろんな人達が私の肩や身体を揺すり

「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?」と声をかけた。

 

全然、大丈夫じゃない。

大丈夫じゃないけれど大丈夫って言うことに慣れている私は、

思わず「大丈夫です」と言った。

恥ずかしすぎて、うつ伏せのまま顔を隠して、そのまま居ることにした。

 

あまりにも顔をあげない私に、周りに集まってきた人々は

「えっ、じゃあっ…」と言って、徐々に離れていった。

 

いま、私に駆け寄ってくれている人達は、

きっと正しい人生を歩んできたのだろうと思う。

人を助けられるって素敵よね。

今の私だったら、きっとむり。

 

人々が私から離れていくのが分かった。

 

それで、決めた。

 

うん。

 

このまま、私、死んだフリをします。

死んだフリ。

死んだフリ。

 

このまま、死んだフリをして、ずっと、私はここにいよう。

もう、全てから逃げたかった。

 

時間が経つにつれて、群衆の声が変わっていった。

 

「え、ちょっと待って、何あれ?みて、寝てるんだけど」

「あんなところで、ねてる人いるー」

「きも」

「なに?なに?ユーチューバー?どこかで撮影してんの?」

 

私は、そんな声を聞きながら、余計に起き上がることが出来なかった。

 

悲しいな世界は。

私はこのまま、ここで死んだフリをします。

 

そしたら、誰にも迷惑をかけず、生きたまま、この世から存在を消せる。

そう決めた。

 

しばらく時が経ったと思う。

 

最初こそ私のスマホのバイブレーションがポケットの中で響いていたが、

それは徐々に無くなっていった。

会社だったのかな?ヒロキ?ユウコ?

 

鳴らないスマホは寂しい。

 

きっと、電池が切れていたんでしょう。

私のことを忘れるのが早過ぎるもん。

 

 

それから私はずっと、その新宿駅構内階段下の床で寝続けた。

 

来る日も来る日も寝続けた。

 

というか、そこで死んだ。

死んだフリを続けて、意地でも、そこから動かなかった。

 

すると、人々は、だんだんと私を目印に待ち合わせをするようになった。

入り組んだ新宿駅構内で、私は良い目印になったのだ。

 

「いまどこいるー?」

「あー、あの〝寝る女〟前にいるよー」

「おけーい。ネルオンの前ねー。すぐいくー!」

 

私は、もうモニュメントだった。

人々の会話を聞きながら、ずっと死んだフリ。

 

どれだけ時が経ったかは分からない。

こうやってずっと居ると、1週間とか1年間とかは、くだらない時間概念だと思った。

石の上にも3年って何やねん。

 

 

暑かったり

寒かったり

季節は過ぎる。

 

私は死ぬフリをしていただけのに、

一丁前に、爪は伸び、髪は伸び、お腹も減った。

 

私は私じゃなくなっていくような気がしながら、

これこそ、本当の私な気さえしていた。

 

私が死ぬフリをするのに慣れ始めた頃、駅は凄い冷えていた。

冬か。

床から寒気を感じ、私はしっかり冷え込んだ。 

 

生きていた。

 

雪でも降ってるのかな?

 

すると、遠くから

 

5!4!3!2!1!

というカウントダウン。

 

そして、そのあと

 

「はっぴーにゅーいやー!!!」

「いえーい!!」

と笑い声。

 

年が変わったらしかった。

 

死んだフリを続けていただけなのに、

年が変わっただけで、なんだか少し生まれ変わったようだ。

 

今までの自分は全部チャラ。

そんな風に言ってもらえているようで。

 

カウントダウンの笑い声に紛れて、私の頭を撫でる手があった。

 

珍しい。

 

みんな、胸や尻ばかりを、冷やかしで触っていくものばかりだった。

でも、優しく優しくその手は、私の頭を撫でている。

 

私はその時、誤解を恐れずに言えば、初めて

「安心して死ねる」

と思った。

 

嬉しかった。

やっと、死ねると思った。

暖か過ぎて。

人間の体温を感じて。

 

だからこそ、私は、その手の正体を知りたくなった。

私は、本当に本当に久しぶりに反射的に顔を上げた。

 

すると、そこにいたのは

 

えっ

 

「お母さん」

 

お母さんだった。

お母さんは、ずっと私の頭を撫でてくれている。

 

新宿駅構内。

吹き抜ける汚い風。

騒がしい声。

 

そんな、私の嫌いな東京のど真ん中で、

お母さんがいる。

 

「正月くらい、帰ってきな」

 

その声に、泣いた。

久しぶりに泣いた。

 

仕事で悪口を言われた時に泣ければ良かった。

でも、今だから泣ける。

 

死んだフリを経て私は泣ける。

 

「かえるよ」

 

声を振り絞った。

 

私は私でいるために、ここで、頑張っていたんだった。

でも、私を殺していたのは私自身だった。

 

 

新宿のモニュメント。

寝る女は立ち上がる。

ゆっくりゆっくり立ち上がる。

 

そして、自分で決めて歩きだす。

 

新宿の群衆は驚いた。

 

「寝る女が歩き出した!!!」

「すげぇ!生きてたんだ!」

 

生きてるわ!!!ボケぇ!!!

勝手に殺すなああ!!!

私は咆哮した。

 

 

私は歩き出す。

 

私が歩き出す。

 

私は生きている。

 

私の、そんな姿を見て

「あるきだそう」

 

そんな人が増えた、

新宿のハッピーニューイヤーだった。

 

 

 

 

 

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作者プロフィール

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。
1986 年群馬県生まれ。B型。
幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。
SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。
自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni

Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717/

 

マサクニさんが詩と絵を担当した物語『f』の読み聞かせ動画。よろしければこちらもお楽しみください。

絵本の詳細はこちら

2020.11.16

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