月曜日のショートショート 第35話『コンプレックス』

連載
2021/07/12

この連載について

毎月2回、月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

 

 

第35話 コンプレックス

 

 

 

君と酒を飲んだ。

渋谷の古びた居酒屋だった。

 

帰り道の道玄坂を下りている途中に、2人の肩はよく触れ合った。

1回目に肩がぶつかったのは偶然だったと思うが、2回目はわざとだった。

少しでも触れたいと思ったのだ。

けれど、手を繋ぐ勇気もなかったから、距離が近づいた時、僕のことが”アリなのかナシなのか”何となくそんなことを計るために近づいたのだと思う。

 

「次は、いつ飲みに行きます?」

 

僕が話しかけても返答がないから顔を覗くと、君はこれから海に潜る人みたいに鼻をつまんで息を止めていた。

 

「えっ、どうしたんですか」

 

5秒間くらいの沈黙の後、

 

「しゃっくりがさ、止まらないからね、息をね、止めてました」と言った。

 

笑った。

 

「しゃっくりを止めるなら、やっぱり誰かに驚かしてもらうのが一番だと思います」

「違うよ。だって、おばあちゃん言ってましたもん、こうしてね、息を止めているだけでね、しゃっくりっ…ヒック!」

 

僕らの笑い声が深夜の道玄坂に響いた。

近くでは、ゆっくり歩く老人がいて、ビーと屁をこいている。

 

渋谷駅に近づくにつれ人は増え、交差点で路上ライブをしている者もいた。

3人組のボーカルの奴が、歌いながら君の方に近づいてきて肩を組むような素振りを見せた。

咄嗟に僕は噛み殺してやろうと思い、マスクを口元から下げた。

すると、ボーカルの奴は歌の途中だというのに

「うええええええっ! なんだああこいつの顔! 気持ちわりい! こえええ!」

と叫んだ。

 

数人しかいない観客の1人が、その声に反応して僕の顔を見ようとしたので、慌ててマスクを元の位置に戻して、そのまま足早に立ち去った。

 

後ろではギターと、パーカッションの音が鳴り響き、ボーカルの声がずっと

「こええ! こええ! こええ!」

と言っていて、まるでそういう歌みたいで、渋谷の喧騒にはよく似合った。

 

僕の口は狼の口をしている。

だいたいの人はこれを見ただけで驚愕する。

生まれた時からそうだったからもう慣れている。

 

この醜い口元と歯並びにずっと悩まされてきて、恋愛もずっと億劫だった。

 良い雰囲気になったとしても、マスクを外した僕の口元を見て、だいたいの女の子たちは泣きそうになる。

そして、まじまじと口元を見た後、ゆっくりゆっくり目を見て

「へぇあええ」

みたいな声にならない声を発して、おしまい。

「私は顔で判断したわけではない」というような態度をみせたい女は、デートの後に何回かメールのやり取りをして「はい! また飲みましょう! 次の予定確認しておくね」のメッセージを最後に、二度と予定を送ってこない。

 

駅が近づいている。

もうすぐ、君ともお別れだ。

今日が最初のデートだっが、きっと「また飲みにいきましょう♪」なんて連絡がきて終わりなのだろう。

 

駅ビルにある工事中の赤いランプが点灯していて、スクランブル交差点の信号も同じく赤だ。

交差点では大音量の音楽が流れていて、最近流行りのJ-POPが僕らに降り注いでいる。

 

“君は君のままで、君は君のままで、君は君のままで良いんだyo~”

 

「ねぇ、あなたがいちばん、いま、きずつくことばおしえてあげましょうか」

 

君はしゃっくりを抑えながら音楽に負けない声量で話しはじめた。

 

「えっ、はっ、はい」

 

もしや、次に飲みに行く約束を断られるのだろうか。

 

”大丈夫、君は君のままで、君は君のままで、君は君のままで良いんだyo~”

 

「これでしょ。これ。君は君のままで良い」

君は、右手の人差しで流れている音楽を指した。

 

「えっ」

 

「なんか、君は君のままでいいって残酷ですよね。だって、その今の自分がきらいなんだっつーの! 自分、変えたいんだっつーの! って話じゃないですか」

 

 “君は君のままで、君は君のままで、君は君のままで良いんだyo~”

 

 ずっと言われ続けてきた。

 

“君は君のままで、君は君のままで、君は君のままで良いんだyo~”

 

ずっとずっと大人や友達に言われ続けてきた。

 

“君は君のままで、君は君のままで、君は君のままで良いんだyo~”

 

優しい言葉のようで、もうゲームオーバー宣告のような言葉。

“君は君のままで良い”という全肯定。

その全肯定を全否定する君の横顔が今ここにあった。

 

「いいんじゃないですか? コンプレックスなら。そんなに嫌ならさ、整形したって良いと思います」

 

スクランブル交差点の信号が青に変わった。

信号が赤から青に変わる、そんな単純な変化と同じように、今、その言葉を投げかけてくれた君といるだけで、僕は少し変わった気がした。

あんなにずっと気になっていた人の目が、これだけたくさんの中にいる時に、全く気にならなくなってきた。

 

「誰もあなたのことなんて見てないです。ほら」

僕のマスクを無理やり外した君は、まっすぐ僕を見て笑っている。

君の綺麗な頬に、酒で酔ってできた赤が映えている。

 

渋谷の喧騒に狼の口をした男と、マスクをさよならのハンカチみたいに振っている君。

 

「あなたと満月見たら、あなたは吠えますか?」

「はい、吠えます。あなたのためなら吠えます。そうしたら、きっと驚いてしゃっくりとまるかもしれませんから」

「確かに〜! そういうことなら、もう少し飲みましょうか」

 

 

満月。

渋谷駅。

 

誰も僕を見ているものなどいなかった。

誰も僕を笑うものなどいなかった。

 

整形前夜、満月に吠える。

 

 

 

 

 

 

 

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《 プロフィール 》

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。1986 年群馬県生まれ。B型。幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter https://twitter.com/aoba_masakuni
Instagram https://www.instagram.com/masakuni0717

 

《 本について 》

かいじゅう ガーくん
著者 マサクニ
変人度200%!!  かいじゅう ガーくんの正体を誰も知らない。

2021.07.12

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