月曜日のショートショート|第28話『トカゲとホッチキス』

連載
2021/04/05

この連載について

毎月、第2・第4月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。

絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。

いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?

 

 

 

 

第28話 トカゲとホッチキス

 

 

 

昔から“正解”を言うのが上手だった。

相手が言って欲しいセリフを一瞬で解釈し、自分の意見に反していたとしても、まるで納得しているかのように答えることが出来た。笑顔も充分に浮かべてだ。

そんな時、替えたばかりのホッチキスの最初の芯みたいに、心がポロリと落ちる。

紙と紙を綴じる使命も与えられず、試し打ちとして使われる、あのホッチキスの最初のようにだ。

 

 

人間が地上に住むことが出来なくなって1年が過ぎた。

建物が増え、ゴミが増え、地上は歩けなくなった。その分、人間は上を目指した。

 

マンションやビルは競い合うように階数を重ね、そのせいで、ペンがぎゅうぎゅうに敷き詰められたペン立てのように街はなり、全てが高層建物になった。

アパートの窓から外を見たが、隣の高層商業施設の外壁が在るだけだった。

風景は思い描くものになっていた。

 

その外壁を1匹のトカゲが這っている。

トカゲは時折、忘れ物を思い出したかのように立ち止まるが、また、おんなじような速度で上を目指す。

 

私はトカゲの目をじっと見た。小さい黒い目をしていた。

ずっと何かに怯えているような目で、どこかで見覚えがあると思った。

私の目だった。

気づいたら、私はそのトカゲになっていた。

 

トカゲの目線になると薄っすら空が見えた。

自動販売機の硬貨入れくらいの隙間から太陽の光が差している。

今日は晴れだ。私は興奮し、屋上まで這うことに決めた。

 

まだ、人間が地上にいられた頃、ビルとビルの合間から見える東京の青空が好きだったことを思い出した。

その頃、営業の外回りの仕事をしていて、散歩する親子や、ぼんやり佇む老夫婦を見て、幸せそうな姿に泣きそうになっていた。

客からの無理難題に「かしこまりました!」と笑顔で受け答え、会社に戻ってからは上司の𠮟責に「大丈夫」という顔をした。

同僚から心配されるのが嫌だったのだ。

 

会議の資料を作るため、ホッチキスで紙を綴じる。

「普通、左上だろ、ボケ」

後ろから先輩に言われた言葉にも、奇妙な甲高い声で笑って受け答え、その場の空気を壊さないように気をつけた。

一部一部、資料に付いているホッチキスの芯を外していったら、デスクの上が死んだ芯だらけになった。

ホッチキスの中の芯も無くなっていたので、新たに芯の束を入れる。

最初にパチンと空中を綴じてポロリと落ちた芯。

嘘でも良いからその時、空中を綴じてくれていたなら、私は本当に「ははは!」と職場で笑えていたかもしれなかった。

 

 

壁はざらざらしている。

途中にあるひび割れや、なぜか生えている雑草を避けながら、トカゲになった私は空を目指した。

 

ツンと洗剤のような匂いがする。

その匂いの方向に目をやると、壁にある小さな窓を拭いている窓拭き清掃人の女性が、頼りない命綱を付けて作業をしているところだった。

私は気になって女性をじっと見ていると、女性は気づいて

 

「あれ、珍しいね」

と笑った。

 

作業服は新しい。私のお母さんによく似ている。

最近、この仕事を始めたのだろうか。

 

私は聞いた。

「誰にも使われていないような、こんな場所の窓も拭くんですね」

 

「そうだよ。必要のない窓なんてないからね」

女性は、頼りない命綱を辿って、私の目線に自分を合わせてくれた。

 

「先週まではね、食物配達員をやっていたんだよ。ほら、ひと昔前に流行ったやつ。昔は自転車が主流だったけれどさ、今じゃ、屋上と屋上とを棒高跳びの選手のように渡り飛んでいるんだよ。でも、それで私、足を怪我しちゃってねぇ。だから、今は“空中”で出来る仕事をしているんだよ」

女性の右足はだらんと垂れている。

その右足には「おばあちゃんがんばって」と書かれた布が結ばれている。

 

「ところで、あんたはさ、なんで蝶々なのに壁を這っているんだい?」

 

やっぱり、女性の顔はお母さんの顔そっくりだった。

 

「え、蝶々?私はトカゲです」

「違うよ、あんたは蝶々だよ」

 

下から突き上げてきた突風が私たちを揺らす。

女性は命綱をしっかり掴まって風を凌ぎ、私はピュー!とビルとビルの狭い隙間を風に吹かれて飛ばされた。

 

女性が手を振っている。

私はトカゲではなく蝶々だった。

 

風の吹かれるまま私は吹き上がり、這っていては到底かなわない速度で空に出た。

それで、体は風に乗って、街を見下ろすところまできた。

 

春だった。

空を見て分かった。

 

屋上で、人々が草木に水をやっている。

クスノキのような大きな木もあって、「落ちてきても大丈夫だよ」と言うように手を広げて待ってくれている。

 

敷き詰められた建物の所々からキラリと光るものがあった。

 

何だろう。

 

「あれはきっと、私たちからポロリと落ちた、心の芯じゃないかな」

いつのまにか鳥になった清掃人の女性が隣にいて、そう教えてくれた。

 

「そうかもしれませんね」

「時間が経てば綺麗に見えるんだねぇ」

 

 

私たちは、この春風に乗ってどこまで行けるだろう。

私たちが思えばそれが正解で、私たちは何だってなれる。

 

春風。

 

風に名前があるなんて素敵だと思った。

 

 

 

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《 プロフィール 》

マサクニ

絵本作家。ミュージシャン。1986 年群馬県生まれ。B型。幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。

Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni

Instagram
https://www.instagram.com/masakuni0717

 

《 本について 》

かいじゅう ガーくん
著者 マサクニ
変人度200%!!  かいじゅう ガーくんの正体を誰も知らない。

2021.04.05

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