月曜日のショートショート|第27話『くるみ子ちゃん』
連載
2021/03/22
この連載について
毎月、第2・第4月曜日の夜に更新される、電車ひと駅ぶんの時間で読めるショートショート。
絵本『かいじゅうガーくん』の著者でありミュージシャンでもあるマサクニさんによる不思議な世界をお届けします。
いつもの月曜日から、少しだけ別の世界へワープしてみませんか?
第27話 くるみ子ちゃん
私は美人と言われていた。
私は可愛いと言われていた。
学生時代も、社会に出ても。
だからずっと、どんな場所でも必ず、この言葉が付き纏った。
「絶対、性格わるいよね、あの子」
容姿が良い人は性格が悪いはずだという理不尽な意味だった。
何度も何度もその言葉を浴び、何度も何度もそれを繰り返されることで、私は本当に性格が悪くなっていく気がした。
性格が悪いって何だろう。
人の失敗を嘲笑うことだろうか。
誰かの悪口に加担することだろうか。
遠くで起こっている戦争のニュースに好奇心を持って見てしまうことだろうか。
そんな想いに悩まされ、途方に暮れる時、私はいつも思い出す。
あの日の夜を。
あの子のことを。
その子の名前は“くるみ子ちゃん”といった。
小学6年生の時だった。
「かわいいね」私はずっとそう言われていて、年を重ねるごとに意味合いが変わっていることにも気づいていた。
最初はきっと子どもらしくて可愛いねの類だったと思う。
でもそれは、だんだんと“容姿が他の子に比べて可愛いね”になっていき、大人たちの私を見る目は、私に対する全肯定だった。皆、穏やかだった。
そして、決まってそんな時、比較され、私と全く違う眼差しを受けていたのがくるみ子ちゃんだった。
くるみ子ちゃんは、いつも鼻くそを食べていた。
そんな、くるみ子ちゃんを見る先生の目を初めて目撃した時、あまりの冷たさに「あああ」と声が出そうだった。
髪の毛を無造作に縛っている、くるみ子ちゃん。
目やにが付いてる、くるみ子ちゃん。
鼻毛が2本、くるみ子ちゃん。
クマの頭が剥げた真っ赤なトレーナーのくるみ子ちゃん。
くるみ子ちゃんは世界に自分だけしかいないような佇まいだったけれど、そこに孤独は一切なかった。
私といえば、ずっと誰かの目を気にしていた。やっぱり可愛いと言われることが嬉しかったのだ。
誰よりも背が大きかった私は目立っていて、誰よりも早く中学生に間違われた。
今まで泥んこになって一緒に転げ回っていた男の子からは、誰よりも早くそういう目で見られた。
「おれ、みさき、ちゃん、のこと、好き」
有頂天。告白された日は部屋の中で一人転げ回った。
「おれ、みさき、ちゃん、のこと、すき」
自分で真似をしてみたりした。
天井の電球がグラグラ揺れて、私はこの小さな家の2階から早く飛び出してやろうと作戦を立て、きっと将来は芸能人かモデルかなと思った。
部屋の姿見に自分を映した。
そこには本当に本当に馬の尻尾のように綺麗に生えたポニーテールが揺れていた。
それを見ていたら、
これが凄く痛い。一瞬で目を開けられなくなって、目を擦る。
何度も何度も擦って、再び目を開けると、姿見の前に私の背と同じくらいの高さの馬が立っていた。
ヒヒーンなんて平凡な鳴き声はせずに、ただ凛と立っていた。
馬は「ちょっと、いこか」みたいな顔をした。
目が痛いから、右目をパチリと瞑ったのを
「ウィンク!了解!」
と捉えてしまったのか、馬は私を背中に乗せ町へ飛び出した。
夜7時半、いつもの通学路が全く違って見える。
町を抜け、商店街を抜ける。
夜のショーウィンドウにうつるわたし。
夜に反射するわたし。
しばらく走ると、ゆめみらい公園に着いた。
夜の公園は、しんとしていてちょっと怖い。
そんな夜中の公園の滑り台の頂上に、1人の子どもが立っていた。
くるみ子ちゃんだった。
「くるみ子ちゃん!?」
「おっ、みさきちゃん」
滑り台の頂上からくるみ子ちゃんが私を見下ろしている。
いつものように無造作に縛った長い髪が夜風に揺れている。
くせっ毛ということもあって入道雲みたいに肥大していきそうだ。
「くるみ子ちゃん、こんな夜中に何してるの?」
「みさぴょん。こそ何してるの。びっくり。ぎょうてん。わたしは。UFO呼んでるのよ。ほら。みて。ぴらららーぴらららーぴららー」
そう言うと、両手を上下に動かしながら踊り出した。
「どうしてUFO呼んでるの?」
「幸せを呼んでる。でもそしたら。みさきんぐがきた」
「いや、毎回、私の呼び方変えるのやめてよ」
「呼び方なんて。適当。名前なんて。むいみ。だってわたしのこと。みんな。はなくそって呼ぶでしょ。先生もこの間ちっちゃい声で言ってた。くるみ子って呼んでくれるのは。おばあちゃんくらい。くるくる、くるった、くるみ子って。この間。けんじが言ってきたからさ。呪ってやりましたよ」
馬のたてがみは、春の草原のようだ。
「私は呼んでないよ!へんな呼び方してない!ちゃんと、くるみ子ちゃんって呼んでるよ!」
「えー。でも、そういう目で見てるじゃん」
「そんな目で見てない!」
「まあ。そうか。みさみさは。自分のことしか見てないか。えっと…みさぽんはさ。自分のこと可愛いって思ってる?」
「お、おっ思ってないよ」
「そうなんだ。私は思ってるよ。でも私は器量良し。私は可愛くないけど。器量良しなの」
「なに?きりょーよしって」
「きりょうよしだよ」
「どーゆー意味?」
「おばあちゃんが言ってた。くるみ子は器量良しだって。どんな意味かって聞いたら器量良しは器量良しだって。辞書で調べたけど。さっぱり。でも。わたしはそのきりょーよしって言葉が好き。ひびきがすき。おんなじ意味のびじんでもかわいいでも。いろんないいかたがあるんなら。わたしはみんなとはちがう器量良しだって思ったら。なんか。うれしくなったのよ。はしりだしそうだった。だから。みさっちも。自分が。自分を。可愛いと思ったら。可愛いで良いし。美人だったら美人でいんじゃん?もし。それで。あんたに。なんか言ってくる人が今後いたら。あんたのことが。こわい人。何か名前をつけないと不安なんじゃない?」
「すご!くるみ子ちゃんすごい!わたしも、きりょーよしが良い!」
「みさいる。がそう思ったら。もうそれはそうなんじゃん」
「いや、さすがに、みさきのこと、ミサイルって呼び方は笑うよ?」
「はははははははっは」
奥歯の銀歯がキラリと光った。
「はなくそ食べる?」
「いや、いらない」
その日、くるみ子ちゃんは、はじめて私たちの町にUFOがやってきたと言った。
馬はもうどこにもいなかった。
会社の給湯室から私への悪口が聞こえる。
「絶対性格わるいよね」
「自分のこと美人だと思ってるよ」
ヤカンがピーっと鳴った。
それは、まるで、徒競走の笛の合図みたいだった。
走り出せ。
わたし、走り出せ。
走り出してしまった私は給湯室の扉をガラガラと勢いよく開けた。
悪口を言っていた同僚たちが、目玉が飛び出しそうな顔で私をみている。
「わたしは、器量良しだから」
くるみ子ちゃん、あの日から私の馬は見えない。
「きろーよし?なにいってんのあんた」
馬は見えなくなった。
自分で走れるようになったからかな。
他人の目を重視しなくなったからかな。
私が私を任命したからかな。
器量良し。
私が私自身で名付けたその呼び方を。
いや、私たちでつけたその呼び方を。お守りみたいにしっかり胸にしまって、私は会社を飛び出した。
同僚たちが後ろで何か叫んでいたけれど、それさえも歓声に聞こえた。
走って走って走りきる。
走る私のポニーテールが揺れている。
馬は近くにいない。
けれど、私が馬のごとく走っていた!
その日の夜だった。
くるみ子ちゃんから電話がきた。
「UFOきた。つまり。無事に。出産した」
私たちのためのファンファーレが鳴る。
「美咲。美咲。いつも。ありがとう」
くるみ子ちゃんの声はもう、母の声だった。
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《 プロフィール 》
マサクニ
絵本作家。ミュージシャン。1986 年群馬県生まれ。B型。幼稚園教諭、絵本出版社の営業を経て現在に至る。SNSでは、絵、詩、短編小説を更新。自身がボーカル、作詞を担当する「アオバ」では、2017 年にマクドナルドのwebCMに出演した。
Twitter
https://twitter.com/aoba_masakuni
Instagram
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《 本について 》
『かいじゅう ガーくん』
著者 マサクニ
変人度200%!! かいじゅう ガーくんの正体を誰も知らない。